【 「認められたい」を抱えて走る】
2026/11/01
【 「認められたい」を抱えて走る】
結果を出した時
真っ先に浮かんだのは「母」。
しかも嬉しかった理由は
「親孝行できた」だった。
「私は他者からの評価が欲しいわけじゃない。
自分が自分であればいい」
ずっとそう言ってきたのに
舞台から降りた時
まさか喜び勇んで
母の元に駆け寄るなんて
正直自分でも意外な行動だった。
組織の外で自分の腕一本でやってきた
世界大会に出た経営者さんと
お話しした時のこと
目の前の人からの「ありがとう」は
たくさんもらえる。でも
たくさんの人の中から
「この人」と選ばれること
誰の目にも事実として残る経験は
なかなかない。
だから挑戦したくなる。
そんな話をしてくれた。
聞いていて、ああ、そうかと思った。
私も、認められたかったんだ。
そしてそれを
母と一緒に感じたかったのだ。
子どもの頃から、絵で表彰されたり
スポーツの大会で1位を取ったり
それなりに賞はもらってきた。
なのに、なぜかその時だけは違った。
ずっとはっきりとした言葉にできずにいたけれど
昔の苦い経験から
「あんな人たちには絶対ならない」と
決めていた私が
その「あんな綺麗な人たち」の舞台で
認められたこととか
色々複雑に絡んでいたものが
一度にほどけたんだと思う。
母は、たぶん最初から私を認めてくれている。
私も母親だから分かる。
子どもが自分の意思で進んでいるだけで
もう嬉しい。
1位でも2位でも、賞がなくても。
だから「見てほしかった」というより
一番喜んでほしい人に、喜んでもらえて
私が乗り越えた瞬間を見ていて欲しくて
「よくやった!」が欲しかったんだろう。
余談だけど面白いのは
じゃあその称号が
なくなったら悲しいか?というと
そうでもないこと。
認められたかった気持ちが
昇華されると
なくても平気な気持ちも
同時に持てるのだな。
執着が消えたんじゃない。
「認められたい私」を知ったら
抱えたまま次に進める。
「認められたい」を抱えて走るって
ものすごく軽い。
何かを探し続けるのが終わるって
たぶんこんな感じ。
あなたが本当に喜んでほしかったのは
誰だろう??
その人に認められたい気持ちを
抱えて走ろう。
そして認められなくても
走りつづけるのだ。
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